ハーメルンのウマ娘二次を読む

この記事は7月アドベントカレンダーに参加しています。

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やあ。チーム<日本萌学会>のトレーナーだ。

今日は休みなんだが、なぜ出勤しているかというと、

「久方ぶりやね、トレーナー」

「おかえり、ヒメ。どうだった?」

担当ウマ娘のヒメギャルコーゴーが、療養から帰ってきたからだ。


***


「んぁ、ゆーてもね」

金色の目を少し細めてはにかみ、癖のあるショートの銀髪に朝の陽射しが透ける。

「安静にせないかんやん?ごぞごぞもせられんし、日がなYouTubeとか見いよって」

いわく『東京に気圧されないため』、意識的にコテコテの訛りで喋っているという彼女のイントネーションは、関西風でありながらそれともまた違う。

「元気そうでなによりだ。ところでその荷物は?」

「ああそうよこれね、なんかママがよ、お土産にって」

「『トレーナーさん細いんやけん食わんといかん』って言よって」

俺一人で食べられる量じゃないよ、と笑いつつ、感謝を述べる。

「なんもなんも。今食べる?コーヒー淹れよワ」

「それは俺がするよ、夜行バスで疲れただろ?」

疲れただろうとは言ったものの、振っている尻尾一つ見ても見違えて毛艶がいい。

ヒメギャルコーゴーには、尻尾を振りながら体を揺する癖がある。体調がすこぶる良いときと、大事な話があるときに。

「あ、言わないかんの忘れとったわ」

もう一つお土産があるみたいに切り出されたものだから、そして見るからに絶好調なものだから、完全に油断していた。

「見れたんよ。"向こうの世界"の……」

「え?」

「……インターネットが」

両方かよ。

***

(暇すぎてヨビノリの複素関数論講座シリーズを一気見したらしい)


"向こうの世界"、の話を以前初めて聞いたときは、腰が抜ける思いをした。ウマという奇蹄目の動物に人間が乗ってレースをする、"ウマ娘"がファンタジー……幻想の存在である世界。

史上の名だたる名バをモチーフにした擬人化キャラクターコンテンツとして「ウマ娘」が創作され、アニメや漫画、ゲームで一堂に会し、競うという。

幸い(?)、理事長筋に相談したところそのような世界を前世としておぼろげに思い出す生徒は何年に一度居ないではないらしく、対策も立てたし、箝口令も敷いたし、そもそも本人の記憶が曖昧なので安心していたが……。

「昼寝しよったら夢にVPN出てきてよ、起きて試したらほんまに繋がって、せっかくやしハーメルンのウマ二次読みよったんよ、神棚掃除したおかげかもしれん」

昼寝?夢でVPN?神棚?わからないわからない何のウマ娘の何って?混乱をよそにバックグラウンドで脳がめまぐるしくリスケジューリングを開始する。

「トレーナー?」

いやだめだろインターネットなんか見せちゃ神様よ?全部対策組み直しじゃねえか!やべえ逆に興奮して来たパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのロートリンゲンロートリンゲンのクイニーアマン

消臭元


「トレーナー?????????????????」

「はっ」


***

「心配してくれたんは嬉しいんやけど」

「ハイ」

これは俺の悪い癖で、つい心配で周りが見えなくなってしまう。

「なんも危ない情報に好奇心10割で突っ込んだ報告をしよう思うたわけやないんよ」

「というと」

「結構私のね、状況に対してヒントになるような小説がいっぱいあって」

殊勝にうなずく。

「まずハーメルンとはなんぞやについて説明せないかんか」


***


「”なろう”、『小説家になろう』は知っとろ?」

「うん、ヒメがおすすめしてくれるからね」

万人が投稿できる小説サイト。ゆえに流行り廃りが激しく、ゆえに玉石混交で、ゆえに時折代えがたい鉱脈がある。独特のフォーマットがあり、独自の文化があり、時の運によってアニメ化など大きく取り上げられることもある。

「ハーメルンも似たようなweb小説サイトなんよ」

ソファに腰掛けたヒメギャルコーゴーがひらひらと手招きをする。

横に座ったところ、こちらへ寄りかかるように体重を預けてきた。

「ああ、これが。結構UIとか違うね」

タブレットの画面に表示されたサイトを二人で覗き込む。

「まずよ、なろうで流行っとる、というか好まれとるジャンルって何や思う?」

ぶっちゃけ小ブームの興亡は激しいんやけども―――と濁し、俺の太ももをつつきながらヒメが問う。

「ああ、異世界転生とか」

「そうね、異世界ファンタジー、それから転生モノはなんだかんだずっと堅いのよ、あと俺TUEEEいうか、無双やね」

物語の導入の骨子として強度があるからなあ。

「悪役令嬢とか追放とかもレギュラー陣にはなりよるし、なーんがホットやっとったか興味あるならこの記事とか詳しいけんど、とりあえずそれはまたの話ん」

「ハーメルンでも同じような傾向があったり?」

「さすがトレーナー、読み手書き手の層がなかなか文化圏的に近おてね」

ろくろを回すポーズをしようとしているが、片手なのでそれでは伝わらないだろうと苦笑する。

「特に一次創作、すなわちキャラから設定からオリジナルの作品についてはあんまり見分けがつかん」

「翻って二次創作の話ね」
ヒメギャルコーゴーが気持ち姿勢を正す。

「そもそも二次創作の原作になっとるんはアニメや漫画、ゲームぎりや無うて」

「いわゆる萌えコンテンツだけじゃなくて?」

「ハリーポッターや走れメロスとかあったり、あと映画もちょくちょくある」

「結構バラエティに富んでるんだね」

「そうなんよ。その中でウマ娘がひときわ頭角を現しとるんには私の思うには大きく三つ理由があって」

タブレットをかかえていない方の手で、いち、と指を立てる。

「そもそも人気コンテンツゆえに母数が多いことと、なによりさっき言った人気要素との噛み合いがいいこと」

にーっ、と言いながらピースサインを俺の頬にグリグリと押し付ける。

「向こうの、いうたらめんどいかね。"現実世界"からすると何やっても自動的に異世界ファンタジーになる、いうこと」

さーん。尻尾を背中から回して腕を3回はたかれる。

「それから、史実馬の魂が世界を超えてキャラクターに共鳴する、一歩押し込むだけで転生の融通が利く設定の妙」

今日距離感おかしくないか?おかしくないか。そうか。

「原作に登場せんキャラクターを主人公とする、オリジナル主人公(オリ主)文化がさらに背中を押すんよね」

既にもたれかかっているような姿勢ではあるが、「どーん」と口に出して体重をかけてくるのをやんわり押し戻す。

「うーん、むしろなぜなろうの方で”ウマ娘”が流行ってないんだ?WEB小説ではむしろそちらがメインストリームだと思うが」

「なろうは、まあ昔にごたごたがあったのもあって、明示的にほとんどの版権モノが規約で禁止されとんよね」

「ハーメルンも黙認ではあるけど。他に小説を投稿できるサイトはいろいろあるんやけど、同じようにほとんど禁止やったり、あるいはちょっと文化圏の違いがあるというか、形式・ジャンルを共有してなかったり」

「結局『なろうみたいな二次小説』っていう場は、そしてそれに勢いがあるのは、ここハーメルンがほぼ唯一かもわからん」

「二次創作の華といえばクロスオーバーやけども」

クロスオーバー、2つ以上の原作をもつ、非公式コラボレーションのことらしい。

しかし華とは大きく出たな。

「複数の作品に精通しそれをすり合わせることにまず力量が要るし、作品の組み合わせ方自体が新規性になるけん」

「なんや、やっぱ”華がある”んよね」

「大抵の作品の主人公はウマ娘やけど、それに次いでトレーナー主人公も多い」

「でもそれに限らずいろんな切り口があって、蹄鉄師とか」

「保健医とか」

「トレセン学園の近所の高校生とか」

「可汗(ハーン)とか」

「可汗(ハーン)?????????」


***


コーヒーメーカーが高らかに蒸気の音を鳴らした。

落ち着いてきたのか、心なしかヒメギャルコーゴーは眠そうだ。

一転いつもにましてのんびりした口調で、多分まとめに入っている。

「読み漁りよったらね、一口に転生者いうても、いろいろ考えられるんやなあ思うて」

「当たり前やわな、前世・今生合わせた経験から環境から性格から思想からなんからなんまで多様やもん」

遠くに視線をおいて、フッと息を吐く。

「この世界にない知識を有しとることが吉と出るか凶と出るかすらわからん」

それは言い過ぎでは、と止めようとして逆に遮られる。

「こっちにおるかわからん転生者について、心配も対策もするだけ無駄というよりむしろ心配も対策もしようがないことがようわかった」

俺にも思うところがある。顔を見合わせて、お互いに苦笑する。

担当になってからの数年は、世間の評価通りの凡庸な世代というには少し濃かった。

「ミヒャエル・エンデのなんやみたいな言葉があって」

「『ファンタジーは現実逃避の道具ではなく、現実に到達するためのほとんど唯一の手段だ』、かな?」

「そう、それ。確か退廃芸術として批判されたときの文脈やったけど、あえて無視して誤読するなら―――」

意図された新規性の創造というのは上限が我々の想像力の総体によって規定されている。偶発や発見に基づく不随意なものを除いて。

「私はどちらかというと再現性をドグマに置く宗教としての科学を信奉しとるタチやけども、まだ厳然たる事実として整理されていない人類の無知については、それこそファンタジーがクリティカルな近道やと思うし」

「こうして現に"異世界"という未知に対してある程度備えることができると」

備えない、という結論に暫定しているのは皮肉ではあるけれど。

「んー、まあ、あと、実利ぎりやのーて、んにゃ、楽しいけん、読むんよ」

「ヒメ?」

「…………」

体温が上がっているのはわかっていたが、結構の疲れが噴出したらしい。

俺の膝に寝転んだまま、ヒメギャルコーゴーは寝息を立て始めた。

アラビア語の刺繍の耳カバーが柔らかく垂れている寝顔は、普段の大人びた表情とはうってかわってあどけない。さて、俺も立ち向かわないとな。


***


いかがでしたか????????????????????

思っていた予定を間違えていて、ギリギリになってめちゃくちゃシャカリキに書きなぐったので誤字とかはあらかじめごめんなさい


というかなれねえことするもんじゃねえわ 乾燥した乾燥ですが乾燥


アドカレの次の記事が出たらこのへんに貼ります。しかしこの土日は家族旅行に巻き込まれてPCが触れないので萌学会(個人)に貼ってもらうかも

出たわね 次の日の記事です


敬具

日本萌学会ジャーナルブログ「萌え人」

日本萌学会を中心に結成されたオタク集団、「日本萌学会」の公式ブログです。 早く滅ぼしましょう。

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